シドニィ・シェルダン氏の御冥福を祈ります。(1月30日肺炎で死去)
最初に読んだ『ゲームの達人』は超訳と呼ばれるもので
正直、原書の魅力を完全に伝えているとは思えないものでしたが
それでも頁をめくるたびにドキドキした経験は忘れられません。
家出のドリッピーも親しみ易く
耳から覚える英語が興味深かったのを覚えています。
当然のことながら三日坊主で終わったので
ドリッピーがどうなったのか判らずじまいでしたが。
そんなこんなで前ふりが長くなりましたけど
『ゲームの達人』の紹介をさせていただきます。
超訳という翻訳版に関してですが
もうこれでもかッ! …てぐらいに
原書をバッサバッサと切り刻んじゃってます。
章ごとの記述にも大幅に差がありますし。
ただまぁ…だからこそ日本で750万部という
大ベストセラーになったとも言えるのかな。
大雑把に言うと米国の大富豪一族の成立ちの記述です。
勿論、フィクションなので大幅な誇張はありますし
現実の事件や美術品などとリンクさせる手腕はお手の物。
そして何よりジェットコースターみたいに
次々と登場人物を襲う運命の悪戯の数々と来たら!
某所では映画よりもTVドラマ向け
なーんて言われていますがさもありなん。
読者を飽きさせないことについては
本ッ当に注力して書かれていると思います。
だからこそ超訳という翻訳形態が取られたと思うのです。
なぜなら1章こそが本当に面白いから。
『クルーガー・ブレント』という言葉にこめられた想い。
主人公が賭けた一世一代の勝負。
地雷の埋まった砂浜を匍匐前進で突破するスリル。
もうたまりませんって!
それ以降はちょっとパワーダウンしちゃうんですけどねw
中だるみしちゃうけどそれでも面白いですよー。
作中で扱われている絵画。
けっこう好きだったのに作者が思い出せないのが憎い。
作者ブラックで『恋人たち』だったかな?
翻訳版と原書の英語版を比較して
どこがどう削られたのかを考察するのも楽しいんですが
英語と日本語で求められる文章表現が異なるというか
日本語では簡潔な表現の中で
文章の外に込められた余白を読み取る文化があり
英語の場合は形容詞の修飾語的表現を重ね
韻を踏んだりウィットに富んだ表現が好まれるだとか
いろいろと国によって表現が異なるということを感じました。
例えば稲光が光ったという表現を
原書ではしつこいぐらい描写を重ねていたのが印象的でした。
よく翻訳に携わる人間の間では
『不実な美人か誠実なブスか』なーんて話題が出ると聞きます。
どれだけ原書に忠実に翻訳するかを表わした言葉ですが
原書に忠実に訳して文意がちぐはぐになってしまったり
国によって好まれない表現になってしまったとしても
原作者に敬意を表してそのまま翻訳することをよしとするのか
原作者の表現とは異なったとしても
流れの中で文章の意図することを汲み取り
結果として原作者の文章を改竄することも厭わないのか
いろいろなスタンスがあると思います。
私個人としては翻訳に際して
原作者と原書に敬意を表しつつ
ある程度の改竄はやむを得ない…って感じなんですけどね。
なっち訳でもどーんと来い! です。
まぁ…映画の場合は文字数制限とかもあるので
一概には言えないんですけどねー。
ちなみにそういった視点から超訳シリーズを表現するなら
とびっきりの嘘で固められた整形美人。
いや、美人かどうかは人によるけど
ドリルやノコギリを使った凄まじい整形。
つーか整形手術にも程があるだろう!? って感じかなw
本当に凄いのは原書がバッサリ改竄されることを恐れず
ときに大幅に原文を省略したり、原文の順番を変える
アカデミー出版の超訳という手法に関して
シドニー・シェルダンが絶大な信頼をしているという
懐の深さだと思ったり思わなかったり。
私自身も「この本を読んだら寝不足になる」という
アカデミー出版の宣伝戦略に誇張はあっても
偽りはなかったかな…と思ったりしますしねー。
内容を疑問に思うなら原書をあたっても良いんですし。
ま…私の英語力は終わってるので
あまり大きな口は叩けないのが悲しいところですが。
いずれにしても『ゲームの達人』は本当に面白いので
まだ読んでいらっしゃられないひとは是非この機会にも!
古本屋などで滅茶苦茶お求め易い価格だと思いますし。

