![]() | 日本語の美 販売元 : Amazon.co.jp 本 価格 : ¥ |
「私にとって日本語は外国語ではない」―愛してやまない“第二の祖国”日本。日本人の気づかないことばの特徴や、三島由紀夫、司馬遼太郎ら作家達との交流、能・狂言の魅力、更にはライシャワー教授のことなど、日本文化の特質を内と外から独自の視点で捉え、卓抜な日本語とユーモアで綴るエッセイ集。紹介サイトより
優れたエッセイを読むと
目が開けたような感覚を覚えることがあります。
決して自分が賢くなったわけではないのに
作者の思考をなぞり書かれている内容に
納得したり反発したりすることで
自分という存在を再確認することができたり。
もっとも──この本の場合は反発を覚えるよりも前に
「こんな深い考え方があるのか」と
日本の文学に対する興味を引き立てる内容であり
素直に感心するしかなかったりしますけどw
作中で特に深く感銘を受けたタイトルなどは以下の通りです。
■『芝居日記』の底に流れるもの
三島由紀夫がどれだけ歌舞伎に対して
強い思い入れを抱いていたのかに触れられており
ことに戦時中の観劇に関しての記述が
とても興味深かったです。
たとえ粗末な舞台装置であっても
人の心を打つ劇を作ることはできますし
その逆もまたしかり。
戦後のGHQによる締めつけに
強く反発したのも歌舞伎の本質を知るからこそ。
エピソードの端々に三島由紀夫が
評論者として優れていたことが伺えるのと同時に
その美意識の高さが作家・三島由紀夫にとって
大切な意味を持っていたことを再確認したり。
■ローマ字でしか書けなかった啄木の真実
とても面白かったです!
世間に認められず貧困に喘いでいた。
なーんて今までの石川啄木像が
木っ端微塵に砕かれましたw
啄木の苦悩の最大原因は
小説家としての才能不足にある
…と看破された慧眼には驚くばかり。
いくら貧乏でも他人のお金で
飲む・買うは止められない石川啄木…orz
短歌の才能は早くから認められつつも
それがすなわち収入に結びつかない時代背景と
驚くほど友人関係に恵まれつつも
本人は全くそのことに気づかないばかりか
平気でそれを踏みにじっちゃう無神経さ。
少し子供じみた啄木の無責任さを
人間味があると感じつつ
周囲の人間はさぞや迷惑しただろうなぁ…と思ったり。
本当にろくでなしです。
なぜ啄木がローマ字で日記を書き
「啄木は焼けと申したんですけれど
私の愛着が結局そうさせませんでした」などと
妻である節子夫人に言わせるに至ったのか
とても興味深く拝見しました。
■トルファン・敦煌 美術の旅
簡潔な表現ではありますが
当時の情景がまざまざと瞼に思い浮かぶような
読みやすくて興味をそそる内容でした。
貴重な遺跡に対する「落書き」にも触れられ
ただ自己顕示欲の現れと見るだけではなく
永遠にその名を留めたい
…という欲求に関しても言及されていました。
■「逃亡」ともいえる私の生き方
作者であるドナルド・キーンさんが
文学に対してどのような姿勢であったのか描かれ
はじまりは戦争を間近に控え
窮屈になりつつある現実からの逃避であった。
…などと率直に語っておられます。
■能・狂言はどういう芸術か
伝統のギリシャ劇を引き合いに出して
とても判りやすく解説されています。
能と狂言にみる感情の発露や
そこに描かれるのはどんな世界なのか
面白くてためになると思ったり。
いや本当に…勉強になりました。
単に日本文学に造詣が深いだけじゃなく
いろいろな作家の方との交流もあったのね。
翻訳に対する姿勢なども
傾聴に値すると思いましたけど
それ以上に物事に対する洞察力が
とても素直でその根拠がハッキリしていると思いました。
これだからドナルド・キーンさんの本はやめられない。


