■ソロモン沖でM8、60棟倒壊 6人死亡、10mの津波も
【シドニー2日共同】米国の地質調査所によると、南太平洋のソロモン諸島沖で2日午前7時39分ごろ、マグニチュード(M)8・0の強い地震があった。政府報道官によると、震源に近い同諸島西部ギゾを中心に建物約60棟が倒壊、最大約10メートルの津波が沿岸に押し寄せた。西部のモノ島、ギゾ島などで計6人が死亡、ほかに数人が行方不明となった。
AP通信はギゾの警察当局者の話として、子ども6人を含む8人が行方不明になったと伝えており、被害はさらに拡大する可能性がある。
太平洋津波警報センター(ハワイ)は、日本を含め、オーストラリアなど太平洋の広範囲に津波警報を出した。気象庁の観測では、地震の規模はM8・1。日本の沿岸では若干の海面変動があるかもしれないが、被害の心配はないという。
震源はオーストラリアのプレート(岩板)と太平洋プレートがぶつかり合う地震の多発地域。周辺では1970年以降、M7クラスの地震が30回以上発生している。
2007/04/02 13:39 更新
さきがけ on the Web (ニュースそのものは共同通信からの配信)
地震の被害にあわれ亡くなった方の
ご冥福を謹んでお祈りさせていただきます。
深刻な被害であればあるほど
詳細な報告が遅れる傾向にありますので
これから先、もっと被害が増える可能性もあります。
被害に遭われた方々が心安らかに
一日も早く今までの生活を取り戻すことができますように。
震源地がソロモン諸島沖の西となっています。
ハッキリ言って無知な私には第二次大戦で
日米両軍によってソロモン沖海戦などの激しい戦いが交わされた。
…ぐらいの知識しかなかったりして。
ちょっと調べたら第一次ソロモン沖海戦のとき
日本軍は夜戦で圧倒的な勝利を得たものの
主目的であった米輸送船団への攻撃は行われなかったため
まだ揚陸されていなかった重装備などは無傷だったそうです。
つまり戦術的勝利が戦略的勝利に繋がらず
後の一連のソロモンでの戦いに大きな影響を及ぼしたそうな。
また当時の永野修身軍令部総長が
第一次ソロモン沖海戦の指揮官を務めた三川中将に対して
「日本は工業力が少いから艦を毀さないようにして貰いたい」と
軍人が軍人に対して言うとは
俄かには信じがたい注意をしていたともされ
このことが三川司令官の決定に影響を与えたとも考えられます。
あんびりーばぼー…。
そりゃ負けるのも当たり前ですよぅ。
そんなこと言ってたら絶対に負けちゃいますって!
こんな注意が本当にあったのか
軍人じゃなくても信じがたいのですが…orz
wiki で調べてみたらこの永野修身という人は
石油が枯渇するのを恐れて対米早期開戦を主張して
山本五十六連合艦隊司令長官の真珠湾攻撃作戦を許可し
太平洋戦争勃発のきっかけを作られた方で
帝国海軍の歴史上、海軍三顕職を全て経験した唯一の人だそうで
海軍兵学校長を務めた際に抜本的な教育改革を推進し
当時の教え子達から永野修身時代の校風は素晴らしかった!
…と絶賛されているそうです。
教育者としては優れた方だったみたいですね。
戦後は戦勝国によるA級戦犯に指定され
巣鴨プリズン内で肺炎による病死をされてます。
日米開戦時に病気を理由に退こうとしたけど
次の有力候補が避戦派だったため続投しただとか
教え子や部下達から
御輿として担ぎ上げやすい人物と思われていたのかも?
昭和天皇から真珠湾攻撃について
「どうして12月8日に真珠湾を攻撃するのか?」と尋ねられた際
ハワイ現地時間では日曜日であるにも関わらず
永野は「月曜の朝ですと、日曜日にアメリカ軍将兵は遊び疲れて
ぐったりしていますので」と返答したことから
永野は海軍部内で「ぐったり大将」とあだ名されたといいます。
他にもエピソードはあるのですが
人として憎めない好々爺というイメージが強く
居眠りの名人として知られ
作戦会議中でも目を盗んではウトウトとうたた寝をしていた。
なんて聞いちゃうと思わず和んでしまいそうです。
軍人としてそれじゃ駄目だろうとも思うのですが…。(苦笑
その永野修身さんに関してですが
太平洋戦争開戦直前に以下のような名言を残しておられます。
「米国の主張に屈すれば亡国は必至とのことだが
戦うもまた亡国かも知れぬ。
だが、戦わずしての亡国は魂を喪失する民族永遠の亡国であり
最後の一兵まで戦うことによってのみ死中に活を見出せるであろう。
戦ってよし勝たずとも護国に徹した日本精神さえ残れば
我等の子孫は再三再起するであろう」
■【正論】真珠湾への道 日米開戦65年(6)こちらのサイトで少し詳しく述べられていますので
参考にしてくださいませ。
なんというか…とても深い人物だったようです。
日米開戦までの経緯はともかく
人として尊敬できる方だったのは間違いないみたい
個々のエピソードだけで人柄を判断するのは
とても危険だという実例になってしまいました。(汗
…っと脱線しすぎですね。
ソロモン諸島は太平洋戦争時に沈んだ
旧日本軍の艦船を訪ねる沈船ダイビングのメッカとして有名で
各島々ではメラネシアンの素朴な暮らしを見ることができ
ダイビングやシュノーケリングを楽しめる美しい海があるそうです。
メラネシアンの文化はとても興味深く
各島々にはそれぞれ伝統・習慣の異なる人々が住んでいるそうな。
幾つかのサイトを調べましたが
こちらのページがとても興味深かったです。
■ソロモン諸島旅行と観光情報(株)たびせん少しソロモン諸島からは離れてしまいますが
同じメラネシアン文化圏としてバヌアツを紹介した
こちらのページも楽しかったです。
■バヌアツ政府観光局のオフィシャルサイト 内
ロイマタの伝説より他にも大航海時代やココナッツ戦争など
とても纏まっていて読み応えがあるページなので
興味のある方は是非にでも♪
…あうち。
本当は南太平洋と地震つながりで
巨大地震によりルルイエの海底神殿が浮上!?
一日遅れのエイプリルフールねた。
邪神さまも粋なことをなさる…ってやろうとしたのに。(苦笑
太平洋到達不能極に程近い絶海の海域からは
ちょっとだけ場所が離れているのが残念だったりして。
でもまぁ…ちょっとだけ雰囲気あるでしょ?
不謹慎ですまそ。
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるー るるいえ うがふなぐる…
posted by のあなな at 17:40| 北海道

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